20歳のまめやしが経験したこと

大学生活で適応障害と鬱病を患ってわかったこと、大学生活でわかったことを綴ります。

SNS危険

繋がり。連鎖。ソーシャルネットワークサービス。

SNSは時には嫌な人からの繋がりも受け入れなきゃいけないそんな精神的なダメージがある。

過去のしがらみ、なかったことにしたいこと、全部がそこに入ってる。

嫌なことは心の持ちようで、とは言うもののどんだけ言い聞かせてもそのとき納得しないものは納得しない。

今は納得しない。

できない。

全部は無理。

 

時々懐かしくなるけど症状が出た時は本当に過去に意識を向けてしまう。

あの時あーしてればこうなってなかった、がんばったはずなのにぶっ壊れた、何これ、っていうよくわからない感情。

 

さっき久しぶりに某SNSを開いてみたけどそこには良くも悪くも変わらない人たちがいました。ほんとに変わらなかった。

最初はほんとに懐かしい気持ちだったけどだんだんと迫るものがあった。

 

どうしても当時の状況や、我慢してたものがこみ上げてきて左頬がつっぱった。過去と今の負の感情が混ざりあって複雑ですが、体に良く出る。

なんであんなにデリカシーがないんだ、なんであんなに気づかないんだ、なんでこんなことが面白いんだ、なんであんなにノウノウと生きてられるんだ、なんでここに私はいるんだ、嫌だ、こんな場所いやだ、こんなの学びたくない、辞めたい辞めたい関わりたくない。もっと自由な場所に行ってハメを外してやりたい。過去の思い。

 

一番心に来るのは、こういう行為をしたからと言って私が健康になったわけじゃないのに変に勘違いされたり、変な解釈をされたり、裏で笑われたりするのがいやだ。

なーんだ、結局大したことないじゃん!

なんだかんだ恋しいんだよ〜!

ほんとに人間的にちっぽけだね!

なんで私は、僕は、俺はこんなに頑張ってるのにお前は休んでんだ!!

とにかくたくさんのことを知らないところで言われるのが、思われるのが怖い。

あっちには自分の見えない重りを10mg程度にしか感じられないんじゃないか。

器なんて人それぞれなのにそれを無理に広げろだの無理要望だの言われそうで辛い。

 

確かに大学にはみんな何かしら抱えながら通ってる人達が多い。

他人の辛さなんて、ひとくくりにまとめちゃいけないし容易に変な励ましを貰っても

よくわからなくなる。

重々感じた。

 

 

「なんでお前は休んでんだ」

「なんでお前はすき放題できるんだ、でも私はがんばってるからおまえもがんばれ、サボってるんじゃない、私は自分に厳しくしてるのにアイツはいいよなマッタリで」

 

見えない声がすごく聴こえてきて時々発狂する。思い込みだけど少なからず多分一瞬でも思ってる人はいる

 

 

こうやって吐き出して、

偽らず、クズさ全開で

自分のハードルをさげてるけど、

誰かがどこかで笑い話にしてるんじゃないかってのが怖くなった。

あっちの人目が怖い。すごく怖い。もう我慢したくない。

 

グルグルグルグル止まらない自分の思考能力にうんざりした

 

時は経ったのにまだその当時の状況になると死にたくなる。完全には健康になってない。

 

もうあの学校付近には行かないし、学校にも行かないと思う。

 

タイミングも波長も何もかも合わないと感じた、

 

 

つらくなったので

また利用解除した。