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20歳のまめやしが経験したこと

大学生活で適応障害と鬱病を患ってわかったこと、大学生活でわかったことを綴ります。

そして今

 

 

快方へ向かっている。

 

 

最初は本当に誰にも申し訳なくて、何もできない自分が情けなくて、ほんとにつらかった。

 

 

テレビも30分しか見れない、楽しめない、何言ってるかわからない、音が苦痛

 

 

なにもかも、しっちゃかめっちゃか。

 

 

薬がだんだん増えて

 

 

なにが起こってるかわからないし

 

 

そのまま飲んで

 

 

そうこうしているうちに

 

 

あ、 もういいや。って。

 

ダメでいいんだ。

 

がんばったんだもん。

 

自分はもう充分なほど頑張ったから

 

こうなったんだもん。

 

自分で責めてどうするの?

 

って思いを変えて

 

 

症状が少し楽になると

 

DVDや映画が観れるようになって

 

最初は30分だったのに

 

自分が1時間近く観れた時がすごく、嬉しくて

 

あ、できるんじゃん!って

 

感動した。

 

少し自信がついてから

 

そこからちょっと

 

バラエティで自然で笑えるようになって

 

いままで意識的に笑おうとしてたのが

 

こんな自然にできるんだって

 

もうそれだけでもう良くって

 

 

ああ、普通にできることが1番幸せなんだって。

 

 

東京事変の閃光少女を久しぶりに聴いて涙したんだけど、

 

 

なんかもう自分に喜怒哀楽が出てきたことがもう嬉しくって

 

 

そこから光りが出てきた感じ。

 

 

でもそのかわり反動形成がすごい日もあって

 

 

思いっきりはしゃいだとおもえば

 

 

母親に注意されただけで、すごい些細なことなのに、めちゃくちゃ自己否定というか世の終わりみたいな感じになってぁあもう無理ウェエエエエンって五歳児のようになり、ニンジンの皮むきも無理になってそこからまた自分を責め出し大泣きしてもう別の部屋でまたウェエエエエンと大泣きしてるっていう謎の珍百景で夕飯の時はほんとに家族に迷惑かけたなって思う。

 

 

道路の前でここで轢かれたら死ねるんじゃないかなとかそういうことも普通に考えた

 

 

でもあれ以上迷惑はかけないだろうなって思う。

 

 

だからこれからは

 

 

他人のことに振り回されるんじゃなくて

 

 

自分のことを第一に大切にしてから

 

 

人のことを大切にしようと

 

 

思った。

 

 

 

自分のこと大切にできないと

 

 

 

わかるひとにはわかるから。

 

 

 

本人は1番辛い、でもその次に辛いのは見てる側。

 

 

 

 

すごく後悔してる、なんで自分のこと責めすぎたんだろう、なんであそこまで頑張りすぎたんだろう、なんでサインを出せなかったんだろう、自分でもういっぱいになって誰にも心の中でグサグサしながら生活してた。

みんなに申し訳ないと思ってる。

 

 

 

 

 

 

 

私は自分のことを大事にしないと他人のことも受け入れられない少し器の小さい人間だとおもった。

 

 

 

 

それが本当の私なんだと。

 

 

 

 

大学生活で信じられないくらい頬がこけたのも、他人の悪いところしか見えなかったのも。

思い込みがさらに激しくなって割り切りがつかなくなっちゃったのも。プライベートがなかったからだ。

 

 

 

 

 

小学、中学、高校の、表向きの私は、ガス抜きできる場所があってこそ成り立った、大らかな私だったんだなと。

 

 

 

 自分に余裕を持つこと、自分軸を作ること

 

 

当たり前ということがどれだけ幸せかということ。

 

 

 

 

 

それがこの病を得てわかったことです。