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20歳のまめやしが経験したこと

大学生活で適応障害と鬱病を患ってわかったこと、大学生活でわかったことを綴ります。

つづる

自分が未消化だったものを終わらせたら完結するのかなと思ったけどそれは過去の思いであって、今の思いじゃないから、何にも解決にはならなかった。ただただ過去を悔やむだけだった。周りがわちゃわちゃしてるのに自分はこんな気持ち。孤独に苛まれた。時間を返せ、なんて何回も思った。あの時の自分に馬鹿野郎といいたいしなんでそっちに行くのなんておもうし。あいかわらず、外から連絡が来ると何かを押さえつけてる私に戻る、もう大丈夫かなと思って受話器をとっても何故かそうなる。自分が嫌になるだけだからもうかかわらないでよなんて言いたくなる。すごく悲しい。当時の自分の思いも、今の自分の思いも、わかろうとしてくれる人はいるけど結局みんなはわからないから、私にとって嫌な励ましになってて。合わなくて、合わなくて、うまく水を汲み取ってくれる人なんて誰もいなかった。その人達を恨んでもなにもいいことないのに。逃げるだけなのに。逃げてるだけなのに。隠した私が一番ダメ人間で、屑で、ろくでなし。人を嫌われるのを恐れてる自分も1番のろくでなし。私の記憶の中で辛かったものは辛かったものと残ってしまう。どう消化したらいいのかわからない。助けて。楽しかった頃に戻りたい。何もかもがただ無条件に楽しかった、受け入れていたあの頃に戻りたい

最近は

 

お薬が2週間→30日分処方となり

 

 

病院に行くことが減るような気がするまめやしです。

 

 

 

調子がいいかなと思えばまた戻る

 

 

 

もうどん底だと思ったら徐々に波を打ちながら快復

 

 

 

こんな地道な作業を頭の中では繰り返していたんですね。

 

 

 

 

実家療養中ですが、波が下がったときに家族とぶつかりました。

 

 

 

 

泣きながら悩みや葛藤など本音をぶちまけました。頭ガンガンおでこガンガン。

 

 

 

 

どうせわからないんだよ...と泣きながら親の前を去ったのは覚えています。

 

 

 

 

大学の友達と連絡を取ったときに体が条件反射的に体調不良になりました。

 

 

 

 

 

仕方ないね。

 

 

 

 

 

 

それから、休日にどこか行こうとしたのですが、母親の車の中で芸能人が活躍しているのをみてしょげたり、人混みを見た途端だんだん不安要素が大きくなってきてアーーーとなって。

 

 

 

 

 

母親は「いいよいいよ、全然いいよ、徐々になっちゃったもんだから徐々に治るよ」と言ってくれました。

 

 

 

 

 

 

またまた親の懐のでかさに痛感してしまうばかりです。

 

 

 

 

 

今日の朝はジャズが聴けました。朝の調子は前より良いです。

 

 

 

 

ひどいときにリラックス要素があるほど鬱を起こしやすいのだと思いました。

 

 

 

以上。

おはようございます

 

 

 

私は人徳に恵まれているようでたくさんの方々が連絡をくれます。ありがとうございます。

 

 

 

期待に応えるつもりはさらさらないけど無理しない程度に回復したらいいなって思います。

 

 

 

朝起きてからの頭痛もひどくなくなり、心と体がスッキリする時が多くなりました。

 

 

 

長〜く待ってよかったなと思います。

 

 

 

 

ただ音楽が長い間聴けません。

 

 

 

 

あんなに楽しかったのに、大学生活で音楽がつきまとってたせいか、音に対して敏感になりモヤモヤも多くなりました。

 

 

 

 

私はこの先どうなるんだろうとか思いながらブログを書いています。

 

 

 

 

 

運動したり 絵を描いたり 極力避けるようにしていますし

親の車から流れるラジオや音楽をミュートしたり、はたまた音量を下げてもらったりなど

正直切なくなります。

 

 

 

 

大学生活のせいじゃこんにゃろ!!とか思っちゃいますけどね。

 

 

 

聴く という行為は相当な神経を使っているんだろうと思います。

 

 

 

 

辛いし悲しいけど、しばらくボーッと過ごそうと思います。

 

 

 

 

10月にバンド鑑賞をすることにしました。

 

 

 

大学生活当時、憧れていたを見ることによって治ったりしないかな?と漠然と感じております。

 

 

 

 

地元で人混みは頭痛になりますし、でも都会に出たら出たで脳は適応するし、なんだかよくわからないです。

 

 

 

 

実家で音楽が聴けなくても辛い思いをしていた松戸だとカラオケに行けたりなど私の脳みそは本当に真っ二つになってしまったんだなと。

 

 

 

 

 

 

今は大学の人達にあんまり会いたくない。会ったら会ったでなんとかなるんだろうけど、よくわからないです。

 

 

 

 

 

こんな感情を抱くのは情けないと思います。夜に泣いたりもします。でも今は受け止めることにしました。

 

 

 

 

 

全部 あたしだもんね

異常なし

 

 

ラミクタール25mg×2

を服薬。

 

第1週目は気分も不安定だし薬の副作用もあったりなかったりで辛かったけど今は大丈夫。

 

行きの電車で中学の友達に合ったんだけど、

頭痛がした。波長が合わなかった(笑

 

 *********

 

 

「血糖値も何も異常はありませんよ。

大丈夫です」

 

 

おおよかった。

 

 

 

先々週に渡された紙のアンケートを見せて先生が言ったこと

 

 

「細かいところに気がつきやすいんだね。勘も鋭いだろうね。うん、あとは特に大丈夫だよ」

 

 

 

はい、そうです。

 

 

「なんか私 人と話してるとエネルギー使うからか頭痛くなるんですよねー」

 

 

「どんなひとのとき?」

 

 

「うーん、なんか波長が合わないっていうかなんていうか」

 

 

「どんな感じのひとだろ?」

 

 

「他人のことを自分の欲望のことに使うひととか、気の強いひととか、なんだろう。具体的には決まってないのかなあ」

 

 

「そっかあ」

「たしかに他人を振り回すひとはやだね」

 

 

これで今回は終了。

 

あたしなんでこんなにひとに対してエネルギー使っちゃうんだろ。

 

 

カウンセリングは30分未満だから

ほんとはもっと先生と話したいしすっきりしたいんだけどなあ。

  

 

 

 

 

あとから、あ、あれ言えば良かった みたいなの多いから悲しいわ。

 

 

なんだか最近自分探し期間みたいになってるなぁと思いまふ。

 

自分を知るって大切。

 

 

今回も同じ処方でした。

副作用はつらいよ

 

 

ラミクタール錠 25×1から始まり、

 

 

 

うつ状態が安定したとき、100mg突入。

 

 

 

 

いつもと同じように飲んで。

 

 

 

 

 

 

 

 

!?!?!?!?!?!?!

 

 

 

 

 

 

 

 

頭いてぇえええええええええええ!

頬がいてぇええええええええええ!

なんじゃごるぁぁぁぁあぁあああ!

 

 

 

 

 

 

 

就寝前にはお薬が回ってくるのですが、

とんでもないことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お布団の上で頭を抑えて寝ようとするも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2時間格闘。

 

 

 

 

 

 

 

次の週 お医者さんへ。

 

 

 

 

 

 

 

 

医者「こんなのがでるなんて珍しいなあ。お薬減らすね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

ありがとう先生、でも私は聞きたいこと、不安なことが山ほどある

 

 

 

 

 

 

 

「大学の友達と距離を置きたくなったり、治ったと思ったら音楽自体に不信感を覚えたり。電車に乗れると思ったら、うつが落ち着いたら電車がダメになったり。自分に何が起こってんのかわかんないです先生。わたしほんとは何の病気なの?」

 

 

 

 

「もともとのベースが神経過敏なところあるからね〜。ちょっとまってね。あの、気になることがあるからこれやって来てくれる?」

 

 

 これ

 

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.......??????????

 

 

 

 

 

(゜д゜)

 

 

 

 

 

 

私は何を疑われているんだぁぁぁぁぁあ!?!?

 

 

 

 

 

 

 

2週間後へ続く。

 

過剰適応

 

 

 

 

自分を押し殺して周りに合わせて適応する。

 

 

 

 

 

過剰適応。

 

 

 

 

 

 

今はそれが仇となって、というか本来の自分がでてきて

 

 

 

 

 

 

もう大学のみんなと関わりたくない!と思ったら

 

 

 

 

 

 

大学のことを思い出して泣くときもあって

 

 

 

 

 

 

 

 

一貫性がないものになりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

辛い。

 

 

 

 

 

 

自分は何人いるんですか。

 

そして今

 

 

快方へ向かっている。

 

 

最初は本当に誰にも申し訳なくて、何もできない自分が情けなくて、ほんとにつらかった。

 

 

テレビも30分しか見れない、楽しめない、何言ってるかわからない、音が苦痛

 

 

なにもかも、しっちゃかめっちゃか。

 

 

薬がだんだん増えて

 

 

なにが起こってるかわからないし

 

 

そのまま飲んで

 

 

そうこうしているうちに

 

 

あ、 もういいや。って。

 

ダメでいいんだ。

 

がんばったんだもん。

 

自分はもう充分なほど頑張ったから

 

こうなったんだもん。

 

自分で責めてどうするの?

 

って思いを変えて

 

 

症状が少し楽になると

 

DVDや映画が観れるようになって

 

最初は30分だったのに

 

自分が1時間近く観れた時がすごく、嬉しくて

 

あ、できるんじゃん!って

 

感動した。

 

少し自信がついてから

 

そこからちょっと

 

バラエティで自然で笑えるようになって

 

いままで意識的に笑おうとしてたのが

 

こんな自然にできるんだって

 

もうそれだけでもう良くって

 

 

ああ、普通にできることが1番幸せなんだって。

 

 

東京事変の閃光少女を久しぶりに聴いて涙したんだけど、

 

 

なんかもう自分に喜怒哀楽が出てきたことがもう嬉しくって

 

 

そこから光りが出てきた感じ。

 

 

でもそのかわり反動形成がすごい日もあって

 

 

思いっきりはしゃいだとおもえば

 

 

母親に注意されただけで、すごい些細なことなのに、めちゃくちゃ自己否定というか世の終わりみたいな感じになってぁあもう無理ウェエエエエンって五歳児のようになり、ニンジンの皮むきも無理になってそこからまた自分を責め出し大泣きしてもう別の部屋でまたウェエエエエンと大泣きしてるっていう謎の珍百景で夕飯の時はほんとに家族に迷惑かけたなって思う。

 

 

道路の前でここで轢かれたら死ねるんじゃないかなとかそういうことも普通に考えた

 

 

でもあれ以上迷惑はかけないだろうなって思う。

 

 

だからこれからは

 

 

他人のことに振り回されるんじゃなくて

 

 

自分のことを第一に大切にしてから

 

 

人のことを大切にしようと

 

 

思った。

 

 

 

自分のこと大切にできないと

 

 

 

わかるひとにはわかるから。

 

 

 

本人は1番辛い、でもその次に辛いのは見てる側。

 

 

 

 

すごく後悔してる、なんで自分のこと責めすぎたんだろう、なんであそこまで頑張りすぎたんだろう、なんでサインを出せなかったんだろう、自分でもういっぱいになって誰にも心の中でグサグサしながら生活してた。

みんなに申し訳ないと思ってる。

 

 

 

 

 

 

 

私は自分のことを大事にしないと他人のことも受け入れられない少し器の小さい人間だとおもった。

 

 

 

 

それが本当の私なんだと。

 

 

 

 

大学生活で信じられないくらい頬がこけたのも、他人の悪いところしか見えなかったのも。

思い込みがさらに激しくなって割り切りがつかなくなっちゃったのも。プライベートがなかったからだ。

 

 

 

 

 

小学、中学、高校の、表向きの私は、ガス抜きできる場所があってこそ成り立った、大らかな私だったんだなと。

 

 

 

 自分に余裕を持つこと、自分軸を作ること

 

 

当たり前ということがどれだけ幸せかということ。

 

 

 

 

 

それがこの病を得てわかったことです。